第39巻第1号 2000年1月

目次

総説


特集 クリニカルパス


臨床経験


症例



要旨

アドリアマイシンによるうっ血性心不全

岡田義信


過去11年間に当院ではアドリアマイシンによる心不全が7名に発生した。全員乳癌患者であった。アドリアマイシンによる心不全はアドリアマイシンの量が大量になるほど、高齢になるほど発生しやすい。心不全を発生させるアドリアマイシンの量には個人差がきわめて大きいため。その極量を決めることは困難である。心エコー図を施行して心機能を追跡するプロトコールが心不全の発生を予防する。このブロトコールによると成人の大多数に550㎎/m2 以上のアドリアマイシンを心不全を発生させずに投与可能であった。

ADMを長期間かけて投与することと一回投与量を減ずることがその心毒性を軽減させる。


クリニカルパスと医療の質

佐木壽英


今、何故クリニカルパスなのか。クリニカルパスが全国の病院で急速に導入されている。この背景にある保険診療上の問題点を理解しておくことが、クリニカルパスを推進する上で重要となる。そこで最初に、診療報酬改定における平均在院日数短縮化の問題、さらには近い将来実施が予想されるDRG/PPSを念頭に置いた平均在院日数の短縮など病院経営に関連した事項について解説した。厚生省が目指している抜本的医療改革の方向を先取りして、その対策を講じておかなければならない。クリニカルパスの目的は大きく2つある。それは医療の質の評価と医療プロセスの効率化である。クリニカルパスの目的は、バリアンス分析による医療の質の評価により、高いレベルでの医療の標準化を求めるものである。クリニカルパスの本質を理解するために、その歴史と名称、定義と目的、バリアンス分析について記述した。また、クリニカルパスと医療の質の評価にも言及した。


クリニカルパス導入後の実施状況

星野睦子、佐々木壽英、大塚好文


当院は1998年4月にクリニカルパスの導入を決定し、6月から白内障と乳癌手術を手始めに検討を開始した。1999年5月にクリニカルパス推進委員会(月例)を発足させ、院内全体で推進を図り、各病棟別クリニカルパス実施情況も把握してきた。1999年10月現在、悪性腫瘍を含め35種類のクリニカルパスが稼働しており、10月1か月で187例に実施している。1999年10月の時点で、クリニカルパス実施症例数は合計1,562例となった。悪性腫瘍のクリニカルパスは、乳癌手術、開胸肺癌手術、胃癌胃亜全摘術、結腸癌手術、肝癌肝部分切除術、定型的食道癌手術、食道・胃・大腸EMR、肺癌化学療法、小児悪性腫瘍化学療法、骨髄移植ドナーなどに行っている。クリニカルパスの推進と職員意識の向上により、平均在院日数は導入前の27日から23日まで短縮傾向にある。当院のクリニカルパス実施と推進状況について報告し、今後の検討課題にも言及した。


呼吸器外科におけるクリニカルパスの臨床経験

吉野直之、滝沢恒世、小池輝明、寺島雅範


クリニカルパスとは、もともとは産業界で用いられていたクリティカルパスというコスト分析手法を基に考えられたものである。医療の標準化、低コスト化がその主なる目的である。当科では、呼吸器外科領域におけるクリニカルパスを作成し、手術患者の在院日数短縮効果の有無、及び患者満足度の向上に有効であったかどうかを無作為比較試験を行い、検討した。結果として、クリニカルパス使用群は非使用群より有意に在院日数は短縮された。患者満足度は、両群ともに肯定的に評価され、有意差は生じなかった。以上の結果より、呼吸器外科領域におけるクリニカルパス導入は十分可能であることが証明され、以後ほとんどの手術症例にパスが利用されている。軽症例から重症例まで基本的にはパスを使用し、追加指示は主治医が個々に行っている。クリニカルパスは、医療の標準化、低コスト化に有効な手段であるといえる。


産婦人科病棟におけるクリニカルパスの経過と現状

小島典子、加藤文江、小倉マサ子、笹川 基


平成10年4月から、クリニカルパスが導入された。当病棟では、在院日数短縮と患者満足度向上への効果及び看護の質の向上を目的とし、7月から患者用・職員用のフォーマット作成・使用したので、その経過と現状を報告する。

平成10年7月〜平成11年10月までに311例に使用した結果、子宮筋腫において使用前後の在院日数は0.6日の減となり、短縮につながった。又患者満足度でも良い効果が得られた。さらに、同一の看護ケアー及び看護記録の簡略化になり、看護の質の向上にもつながった。今後は、職員用フォーマット見直しを含めていくつかの課題を検討していきたい。


乳癌患者へのクリニカルパス導入を振り返る

田村恵美子、横山律子、佐野宗明


当院は医療の質の向上、在院日数の短縮を目指しクリニカル・パス(以下CP)の導入を決定した。当科ではCPへの関心が高まり始めた平成10年5月21日より、患者用CP「乳癌術後計画表」を導入し、267名に使用した。

計画表の使用中の在院日数は14〜15日、手術から退院までの在院日数は12日前後で計画表と一致する結果となった。

導入後、患者は入院中の治療や看護ケアの過程をイメージでき、積極的にケア計画に参加するようになった。そして、手術や術後の治療への不安緩和につながリ、インフォームドコンセントの充実となった。しかし、問題点も明確になったため、計画表を修正し新しいCPを作成した。今後も改良を重ねていきたい。

病院の理念を理解し、看護の役割を果たしていくことがチーム医療の前進につながると考える。


クリニカルパスにおける服薬指導

大箭 彰、坂井昌子、保坂高明


平成11年2月から薬剤部では服薬指導を通して癌患者の手術用クリニカルパスに参加している。現在、肺癌と胃亜全摘の2つに参加しており、その服薬指導の業務内容を紹介するとともにクリニカルパスによる服薬指導実施件数の増加について報告する。また、クリニカルパスに組み込まれた服薬指導とそれ以外の服薬指導の業務量の比較を試みた結果、クリニカルパスのメリットのひとつである効率的な業務展開が薬剤部の服薬指導業務にも表われていることがわかった。


クリニカルパスにおける経済効果

橋詰ー久


医療費の角度から平均在院日数の短縮による経済効果を試算分析し、クリニカルパス導入の有益性を検討した。

試算方法は、理論的な考え方に基づく簡便な方法と実医療費等(肺癌手術患者40症例)に基づく試算方法で比較分析した。

その結果、簡便な試算方法では平均在院日数を1日短縮すると、年間約1億4600万円の増収が見込まれ、実医療費に基づく試算方法も平均在院日数を短縮した場合は、相当な増収が図られることが明白となった。

クリニカルパスの導入は、平均在院日数を短縮し病院収益の増収を図る一方、患者の医療費負担の軽減にもつながり、病院・患者のどちらにも有益な方法であることを実証することができた。


デジタルマンモグラフィ一を用いたコンピュータ支援診断システムの初期試用経験

小田純一、椎名 眞、植松孝悦、小林晋一、竹内勝彦、東樹新一、佐野宗明、牧野春彦


デジタルマンモグラフィー(FCR-MMG)の画像データを用いたコンピュータ支援診断(CAD)システムを試用する機会を得たので、その概要を紹介するとともに初期試用経験を報告した。本CADシステムはFCR-MMGのデジタルデータをそのまま利用している点が特徴であり、腫瘤影や石灰化巣の検出にも独自のプログラムを用いており、処理速度は臨床応用が可能なレベルだった。診断能については、当院の乳癌症例77例の画像データを用いた検討で腫瘤影の検出率が65%、石灰化巣の検出率が72%と同じシステムを用いた他施設の報告(腫瘤影90%、石灰化巣93%)に比し低値であり、当院の撮影条件等に適合したCADのチューニングが必要と考えられた。しかし、がん予防総合センター外来で撮影された実際の臨床画像を用いた試用経験では、石灰化の検出については現在でも十分有用であり、今後さらにシステムを改善することで検診や外来診療での利用が期待されるシステムと考えられた。


術後30年を経過し,胆嚢癌との鑑別を要したガーゼオーマの1例

小堺郁夫、加藤俊幸、佐藤浩一郎、船越和博、秋山修宏、斉藤征史、小越和栄、土屋嘉昭


症例は54才女性、昭和43年胆嚢摘出術を受けた。平成10年心窩部痛、悪心、嘔吐の症状が出現したため、当科を受診した。

腹部CTで肝右葉下部に4cmの石灰化を伴った腫瘤性病変を認めた。ERCPでは総胆管の拡張のみで胆嚢は造影されなかった。腹腔動脈造影では胆嚢窩にhypovascular massが認められた。

画像所見より胆嚢部腫瘤が疑われ、胆摘術の既往はあるが、胆嚢癌が否定できなかったため、開腹術を実施した。胆嚢窩に大腸と十二指腸に癒着し、直径5cm大の黄色調の腫瘤を認められ、割面ではガーゼを中心とした腫瘤で、石灰化が著明でコレステリン結晶も認められた。術後30年という長期間を経て、腹痛で発症した報告は稀で、胆嚢腫瘍や転移性肝腫瘍との鑑別を要した症例であった。


半月体形成性糸球体腎炎を合併したKi−1リンパ腫と食道癌の重複癌の1剖検例

根本啓一、本間慶一、太田玉紀、村木秀樹、紫竹伸子、桜井友子、落合広美、字佐見公一、小林由美子、泉田香織里、平山智香子、佐藤由美、北澤 綾、村山 守、島津ハナ、森田 俊


食道癌の既往を有し、手術、化学療法(CDDP、5FU)を受けた約1年3ケ月後、癌転移を疑った左頚部リンパ節生検の結果、ホジキン病類似の低悪性リンパ腫、さらに、その1.5ケ月後の骨髄には多形成の高度な高悪性リンパ腫(Kiー1 リンパ腫)がみられ、臨床的に、血球貪食症候群、さらに急激な腎不全(半月体形成性糸球体腎炎)で死亡した症例を報告した。

本症例の興味ある点は、1.悪性リンパ腫と食道癌の重複癌であること、2.悪性リンパ腫は短期間に低悪性リンパ腫から高悪性リンパ腫に変化したが、腫瘍細胞は両者ともにKiー1(CD30)陽性であったこと、3.EBウイルス(EBERー1)の検索で、食道癌の癌細胞および間質のリンパ球は陰性、生検リンパ節では少数の大型腫瘍細胞に陽性、剖検時には極めて高率に陽性であったことから、悪性リンパ腫の発症、進展にEBウイルスの関与が示唆されたこと、4.悪性リンパ腫と腎炎の合併は時に認められるものの、本症例のごとく、半月体形成性糸球体腎炎を合併した症例は極めて稀であること、特にKiー1リンパ腫との組み合わせはほとんど認められない点などである。